同じ光を受けた者    【2/3】




「いやぁー、こんなに人がいて賑やかなのも久しぶりです、ね!」
「そうだな」

多葉司郎と名乗った大きな男は、小さな帝の隣に座りコーヒーを飲みながら頷いた。
帝が言う程人数は多くない。男が四人向かい合って座っているだけだ。
時計の針は九時半を指しており、窓からは雲で少し陰った月が覗いていた。
静かな室内にはシューシューという加湿器が音を立てている。
帝の高めの言葉遣いは、この重く気まずい雰囲気を
何とか和ませようとしている感じだった。

「えっと、待って下さい。あなたは先程司郎と申しましたね。
それで以前会った時の犬もシローという名で・・・・・・あなただと?」
「そうだ」

先ほどから何度も説明しているのに良秋さんったらまだ飲み込めていないようだ。
難しそうな顔で平然としている帝と司郎を交互に見つめている。
司郎は先程から目を閉じて何ともないように澄ましている。
この人と俺の症状は同じ・・・・・・。
症状と言っても病気でも何でもないだろうけど、こんな奇怪な出来事は希だろう。
俺は妙に感づいてはいたんだ。
そして予想通り俺と同じだった。
この人も月が頭上高く輝いた頃、犬から人間の姿になったのだから。

「スバル君って、こういう字?」

帝は昴という漢字を紙に書いた。
まぁ、すばる という字は昴としか書きようがないので特に確認せず頷く。

「そっか。昴君、って可愛いですね」

頬杖をついた帝は先ほどからこちらをニコニコ見ている。
猫の姿の時に可愛いと言われるのは良いけど、自分より可愛い容姿を持つ彼に言われても全然嬉しくはない。

「帝さん・・・・・・あなたはいつから気付いていたんですか?」
俺がそう切り出すと、帝は表情を変えずに答えた。
思い切って聞いてみたが、真実を知ることっていうのはドキドキする。

「いつから?・・・・・・そうだなぁ。強いて言えば最初っからかな」
「最初・・・・・・?」
「はい。公園にいた二人の間に流れる雰囲気は知ってる感じがしたんですよ。自分達と一緒だなぁ、って」
「雰囲気・・・・・・」

そんなもので、分かるものか。
最初に帝に会った頃、そんな怪しい素振りは見当たらなかった。

「あの・・・・・・昴が・・・・・・元に戻る方法はないんですか?」
「・・・・・・良秋さん」

今度は良秋さんが重い口調で言った。
その表情からはすごく真剣なのが伝わった。
確かに今一番重要な問題だ。
もしかしたら帝達なら何か知っているのかも知れない。
それから少し間をおいて帝が口を開いた。

「ありますよ。昴君が元に戻る方法・・・・・・」

強い眼差しがこちらに向けられた。
俺は鼓動が速まるのを感じた。

「・・・・・・その方法とは?」
「簡単な事です。保証はしませんが・・・・・・。
昴君の身体はどちらに?まさか死んではいないですよね?」
「あ、はい。病院に・・・・・・意識不明の状態ではありますが」
「なら大丈夫です」

帝は納得したように頷いた。
その表情は微かに微笑んでいるような感じだった。
一体彼は何を知っているのだろうか?本当に謎だらけな人だと思った。

「俺、どうすれば?」
「昴君の本体が生きているのならば、ここに今いる君は精神ってことになるんですよ」
「・・・・・・精神?」

精神ってことは一体どういうことだろう?いまいち理解出来てない俺に帝は優しく微笑んだ。

「そう。君の精神は何らかの衝撃を受けて身体から抜けてしまったけれど、
奇跡的にその真っ黒い猫に入り込んだから助かった」

衝撃っていうのは交通事故のこと。
真っ黒い猫は曳かれそうになったのを助けてあげようとして・・・・・・。

「まさしく満月の・・・・・・不思議な力のおかげですね・・・・・・」
「じゃあ、つまり・・・・・・」

俺と良秋さんは生唾を飲み、食い入るように帝を見つめた。
能が期待と緊張でガンガン張りつめているようだった。
鼓動が速まり、きつく握りしめていた拳は汗でじんわりと湿っていく。

「単純な事です。君の本体に戻れば良いんだと思います。接触すれば良い」
「昴!」
「わっ!よ、良秋さんっ!」
「良かったな!戻れるって!」

期待通りの求めていた帝の言葉に心臓が跳ね上がった。
良秋さんはそれを聞いた瞬間すごい喜びようで、人前で抱きつかれたのなんて始めてだった。
あまりの勢いにバランスを崩し、軽くカーペットに肘を付いた程だ。

「さっそく病院へ行こう!」
「えっ・・・・・・!」

良秋さんは俺の両肩に手をがっしり置き、真剣な眼差しを向けた。
・・・・・・だけど。
俺は何だか素直には喜べなかった。
何故か?と問われると解答に窮するが、直感というか胸にざわつく何か引っかかるものがあった。

「俺は昴が二人いるなんて何だかややこしくって・・・!」

二人いる、とはここに存在する・・・・・・帝の言葉を借りると「精神」である俺と病院で療養中の俺本体の事だろう。
良秋さんは今の俺の現状に不満を持っていて、俺本人以上に俺の事を心配してくれている。
本当に、本当に良秋さんの気持ちは嬉しいけど・・・・・・。
俺だってこんな不安な状態より、早く元の生活に戻って親とか友達とか安心させてやりたいけど・・・・・・。

「・・・・・・待って。俺、俺・・・・・・まだ戻れない」
「・・・・・・何?」

良秋さんの整った眉が歪んだ。思いっ切り顔を顰めて俺を凝視してくる。
自分でも何を言っているのか理解出来ない。
良秋さんの視線が痛くて、怖くて目を反らした。そしてそのまま帝の方に視線を向ける。

「帝さん・・・・・・俺がこうして猫の身体に入り込んでいるなら、猫の精神はどこに?」
「・・・・・・その猫は・・・・・・恐らく・・・・・・」
「死んでいるだろうな」

語尾を濁らせた帝の代わりに司郎が口を開いた。
帝も黙って不安気に司郎を見つめる。

「恐らくその猫の精神がもうこの世に存在しなかったから、お前がその身体に入り込んでしまったのだろう」
「・・・・・・」
やっぱり・・・・・・。

「昴君・・・あんまり気にしない方が良いですよ」
帝が言う。

「猫は、轢かれそうになっているところを俺が偶然通りかかって助けたんです。
・・・・・・だけど助けられなかったみたいで、意識が戻ったときには猫の姿になっていました。
何で自分が助けたはずの猫になっているのか、初めはパニックになったけど、
今冷静になって考えてみると 俺が猫になっちゃった事――何か意味があると思うんです」

「・・・・・・昴?」
「俺、やっぱりこのままこの身体から離れる事は出来ない」
俺は立ち上がった。三人の視線が俺を追いかける。

「昴君・・・・・・?」
帝は不安の表情を向けた。

「帝さん・・・・・・色々ありがとうございました。良秋さん・・・・・・」
「何だ、昴・・・?」
「帰ろっか」



090216