同じ光を受けた者    【1/2】




「こんにちは、宮束さん!」
「あぁ、帝さん。どうもこんにちは」

もうじき冬の頃。
いつもの人気のない公園で帝は良秋の姿を見つけると、丁寧に頭を下げ挨拶してきた。
二人の会話はごく自然なもので、親しみ合っている。
いつの間にこんなに仲良くなったんだか・・・・・・。
良秋に抱かれた黒猫は不機嫌な面で二人のやり取りを見ていた。

良秋のマンションと帝のアパートの距離もそう離れていなく、
更に中間地点に丁度良いこの公園があるからか二人は良く会う。
会ったからには多少の会話はするもので・・・・・・。
今日という日も先ほどからちょっとした世間話を始めていた。

「聞いて下さい、宮束さん。僕の大学の教授がですね――」

帝は良秋にずいぶん楽しそうに話す。
彼はやっぱり男と思えない程細身で可愛らしいと思った。
ふんわりとした雰囲気で、遠目で見れば女の子と勘違いしてしまうのではないかという程だ。

「・・・・・・どうしたの?スバル君・・・・・・」
「どうしたんですか?」

そんな事を考えて帝さんを見ていたら、不意打ちで話題が俺の事になった。
それに驚き目を見張りそうになったが、そこは押さえて何食わぬ顔で平然を装う。
と言っても猫の姿でそこまでする必要は無いとは思うが・・・・・・。
良秋さんは顔こそ出さなかったが俺と同じくらい驚いていた。
俺を抱える手が少し強まったから。

「スバル君、ずっと僕の事見ているから」
「・・・・・・ま、まだスバルは緊張しているんですよ。人見知り激しいから、こいつは」

誤魔化すような大きい声を出して良秋さんは俺の頭を撫る。
別に人見知りが激しいわけじゃなくて、ただ単に帝が信用出来ないだけなんだけど。

「そうなんですか?じゃあ早く仲良くなりたいです。それじゃあ、宮束さん」

彼は顔に見合った愛らしい大きな瞳で微笑むと向こうに歩いて行った。



その夜。

「あのさぁ、なーんか・・・・・・」
「何だよ・・・・・・」

良秋さんの隣に座って何気なく嫌味を言った。
ちなみにもう人間の姿に戻っている。

「仲良いね・・・。帝、さんと」
「え・・・・・・!」

良秋さんは少しオーバーに反応した。驚き顔のままこちらに視線を向ける。

「俺、あの人少し苦手だな・・・・・・おやすみなさい」
それだけ言うと俺はいつもの寝室ではない部屋に向かった。

「えっ・・・・・・!昴!?」

俺はクッションをいくつも重ねて作った粗末なベッドに横になった。
寝室にあるベットでは人二人余裕で入れるが、今晩は良秋さんの顔を見たくないのでここに寝ることにする。
自分には知らないところで良秋さんが帝に会っているのが非常に面白くなかったのだ。


それから数日後――。
俺が散歩しているいつもの公園。
まぁ、この前良秋さんと訪れた公園だ。
そこに――彼はいた。

「あれ?スバル君?」

聞いた事のある声がした。
それは今一番聞きたくない声だった。
散歩でもすれば少しは気が紛れないかと思って来てみたものの、これでは気分転換にならないではないか。

「どうもこんにちは。今日は宮束さんとは一緒じゃないのかな?」
『にゃ〜』

お前には関係ないだろ!
そう思い、腰を屈めて顔を傾げている帝を睨み付けるように見上げる。

「今は一人なんだね」
『みゃ!?』

身体を持ち上げられた。

「もし良かったらこのまま僕のとこに遊びにおいでよ」

帝は笑顔でそう言ったが、正直そんな気持ちにはなれない。
何故か帝のことは信用出来ない。今までにない異様な雰囲気に包まれている様な気がしたからだ。
良秋さんと楽しそうに屈託無く笑う帝とは違うもう一人の帝がいるような気がした。
だが抱かれこまれてしまっているので逃れる事は出来なかった。



「ただいまぁ〜」
ばうっ!

わっ!
玄関の扉を開けると低く大きい吠え声が聞こえた。
その吠え声のした方に目線を向けると、まずリビングに見えたのは真っ白い大きな犬。
犬がもの凄い勢いで帝の足下にやってくる。
俺が人間の姿だったら頬擦りしてあげたいぐらいの愛らしさでふさふさな身体をしていた。

「ただいま、シロー」

帝は俺を抱えたまま屈んでシローと呼びながら犬を撫でる。
そのせいで至近距離に近づいた俺には犬の顔がいきなりドアップで見える。
やっぱり動物は可愛いなぁ・・・・・・等と始めは思ったものの・・・・・・。

シローは・・・・・・唸っていた。
なんなんだよ〜こいつは。
ずいぶん賢そうに見えたが、さっきから警戒態勢だし、唸るのも止めない。
俺が猫の姿だからかな?
元来、犬と猫は仲が悪いものだ。

「シロー、スバル君恐がってるよ。お前はスバル君より大っきいんだから」

そう言う帝も口の端を上げて笑っている。
何て嫌な二人。
いや、一人と一匹・・・・・・。

良秋さんに黙って来ちゃって、心配してないかな。
無理矢理連れられてきたもののついつい和んでしまっていた。
良い待遇で持て成され、何より帝のくれるビスケットが美味い。
不覚にも案外帝は良い奴かもと思い始めてきてしまっていた。
しかし、ここに連れて来られてからもう三時間ぐらい経っている気がする。
もうすぐ月も昇るし、このまま人間の姿に戻ったら一大事だっ!
早くどうにかしてここから出ないと。

「スバル君、どうかした?何だか落ち着かないね」
『に、にゃぁ〜』

うわぁ〜ん。良秋さん助けてー!


更に時間が経つこと一時間。本気でヤバそうだ。
いきなり俺が目の前で人間に戻ったら彼は幽霊でも見たと思うだろうか。
・・・・・・それにしても。

「あはは、シロー止めてよ。くすぐったいってばっ」

帝はシローと先ほどからじゃれあっている。
シローは首筋とか足首の辺りを舐めていた。
何だか・・・・・・卑猥な感じだな。
くすぐったさに耐えて目に涙を浮かべる帝の表情のせいだろうか。

「スバル君は、犬が嫌いですか?」

突然帝が問いかけてきたので背中が飛び跳ねそうになる。
・・・・・・猫は普通犬は苦手だろう。
その問いには答えられるはずがない。
だって俺は猫なのだから。


ピン ポーン
それからしばらくしてチャイムの音が鳴った。
軽い音だけど何度も何度も鳴るもんだから帝も驚いて玄関に向かって行った。

『すいませんっ、あの、す、スバル来てませんか!?・・・・・・
あっ、いや、宮束です!』

随分焦った声だったけど聞き覚えのある声がした。
それは聞き間違える事もなく、予想した通りの人物だった。
良秋さんだぁ!良かった、助かった!
チャイムを鳴らした人物が望んでいた人であるのを確認し、
帝が玄関の扉を開けると同時に俺も素早く外に出る。

「あっ、スバル!」
『良秋さんっ!』

俺の姿を見て驚く良秋さんを尻目に素早く扉の後ろ側に周り込む。
良かった・・・!本当に良かった!
だってもう人間の姿に戻ってしまったから。
服装はジーパンと軽くロングTシャツを羽織っていただけだったけれど・・・・・・。
裸じゃないだけ全然マシか・・・・・・。
それにしても、良秋さんが来てくれなかったら本当に危なかった。
さすがに目の前では大変な事になるだろう。
心の底からそう安堵し、ドクドクと速まっている胸を押さえた。

「すみません!宮束さんっ」
「いや、帝さんのところにいたんですね・・・・・・」
「はい。公園で会いまして、勝手に連れて来てしまって・・・・・・すみません」
「いやぁ、それは全然構わないんですけど」

それでは・・・・・・と良秋さんは挨拶して俺を扉の後ろに隠すようにして閉めようとした。
が、帝は微笑んでそれを制止した。

「少し寄って行きませんか?・・・・・・そこの彼と一緒に」
「あっ・・・・・・」

良秋さんは激しく狼狽した。
俺は帝の言葉を聞いて一瞬焦ったが、逆に先程より冷静になっていた。
やはり帝にはバレていたんだ。
何時から?どうして?
何故バレていた?一体何故そんなに平然としていられるんだ?
良秋さんと俺は目で会話した。
だが話はまとまらないままで・・・・・・。

「改めて今晩は。スバル君」

・・・・・・一体、彼はどこまで知っているのだろうか。
猫の姿の俺と今の姿の俺が同一だと簡単に理解出来る程上手く世の中出来ているわけではないだろう。
だがそういうこともあるかもしれない。
あと――

「今晩は。帝さん」

――同じような体験があるか、だ。
俺は堪忍して帝の前に姿を表した。
ドアの陰から良秋さんの隣に並ぶ。
俺の姿を確認した帝はしばらくして柔和な笑顔で俺達二人を玄関に招き入れた。

「改めまして、中へどうぞ」

帝は先にリビングに入って行ってしまった。
真っ直ぐに伸びる廊下はほの暗い灯りに包まれていた。
その奥に見えるリビングのドアは閉まっている。
それは別に来なくても良い、と言っているような気がした。
そんな逃げ道を用意して、帝の企みは全く読めずにただ呆然と立ちつくす。

「まったく、どうするつもりだ?」

眉間に皺を寄せて良秋さんがため息を吐いた。
いかにも面倒事を抱えてしまったといった表情だ。

「俺だってこんなことになるなんて思ってもいなかったよ」
「あがってくのか?」
「しょうがないよ。あと俺の事どこまで知ってるのか気になるし・・・・・・」
「・・・・・・そうだな」

俺と良秋さんはそんな相談を交わしながらリビングに向かった。
すると――。

「どうも」

静かな低い声が聞こえた。
声のした方に視線を向けると背丈の大きな男が上半身裸で立っていた。
がたいの良い大柄な身体とバランスの取れた等身。

「・・・・・・宮束です」
「・・・・・・どうも・・・・・・昴です」

俺達がそう言うと男は鋭い目を細めて笑う。

「司郎、だ」

そう言って彼は赤い舌を出して下唇を軽く舐めた。
・・・・・・やっぱり。
大きいと言えば犬がいない。
彼を見た瞬間に察する事が出来ていただけに、さして驚きはなかった。
どうやら俺と同じ人がいたようだ。
不思議な月の光を受けた者が。



090207