暖かいもの




「スバルぅ〜〜」
『うぅ〜ん・・・』
寝苦しいことこの上ない。良秋さんは何だか寝相が悪い。
小さい体にそんなに強く抱きつかれたら、休めないじゃないかっ!

時計を見るとまだ7時。
もう少したったら人間の姿に戻れるか。
長細い尻尾で良秋さんの顔を叩いてやる。
しかし彼は少し反応をしただけで全然起きる気配はない。
今日、良秋さんは仕事から帰ってきて直ぐに横になってしまった。
と言っても寝ようと思って寝てしまったわけではない。
何故かと言うと最初は雑誌を読んでいたからだ。
雑誌は特には何の疑問も持たないただの車とかパソコンとかのやつ。
あ、でも・・・前の方に女の子の写真も乗ってたかな?
俺もグラビアとかは見た事ある。マンガとかに付いてくるやつだけど。
友達は結構すごい際どいのも見てたな。
まぁ、どうでもいいか。
取り敢えず雑誌読んでたんだ。
最近出してくれた炬燵に入って。
もちろん俺も隣にいたよ。隣で丸まって寝てた。
この姿だと丸まって寝ないと逆に苦しい感じがするんだ。
良秋さんともたくさん喋ったけどあまり覚えてない。
睡魔に負けてしまったんだろうな。
俺が適当に相槌打ってても良秋さんは大満足。


気付いたらさっきの状態ってわけ。
良秋さんが俺の体に抱きついて寝てた。
顔を覗いてみたら、ちょっと気になるところがあった。
眉間に深い皺、発見。
・・・良秋さん、疲れてるのかな?
尻尾がパタパタ動いた。




・・・んっ。眩しい。
電気が付いている。
あぁ・・・炬燵で寝ちゃったんだっけな。

・・・何か変な匂いがする・・・。
何か・・・燃える匂い・・・?
「・・・・・・」
眩しさに目を細めたまま手探りで自分の隣にあるはずの存在を確かめる。
ところが・・・

「スバルっ!?」
・・・いない。俺の寝呆けていた頭は瞬時に覚めていた。
「スバル!?」
スバルがいなくなっている。炬燵の中にもいない。
どこにいったんだ?
・・・取り敢えず・・・今は。
この匂いが気になる。
火の元には注意しているつもりだが非常に焼け臭い。キッチンからか?

「あ!良秋さん!おはよう〜」
「す・・・昴っ!」
「はい。昴でーす」
ふざけ笑いで昴は持っていたおたまを回した。
「そうか・・・もう9時か」
時計を見ると9時をちょっと過ぎたところだった。
4時間程寝ていたということになる。
いつの間にかスバルも元に戻ってたんだな。
「全く。いきなりいなくなったから驚いたぞ」
「あはは、ごめんね。でももうすぐ出来るから待ってて」
彼は紺色のエプロンを翻した。
「そう言えば、まさか・・・その・・・料理、しているのか?」
「そうだよ。楽しみにしててね!」
・・・こうして喋っている間にも何かが焦げているような匂いがするのだが・・・

多分当人は全く気にも留めてないのだろう。鼻歌まざりでキッチンに戻っていった。
料理・・・と言うが大丈夫なのだろうか?
第一我が家に食材があったのかという疑問さえある。

昴が猫と融合してしまってからそう経ってはいないが、彼はこの俺のマンションから出た事はないと思う。
友人とも会ってないみたいだし、連絡さえ取ってはいないみたいだ。
まぁ・・・こんな状況だ。
彼の本体、本当の体は植物人間に近い状態で入院しているわけだし。
両親のどちらも今だに立ち直ってはいないだろう。
そんな中元気はつらつな昴が歩いているというのはあまり好ましくない。
いくら夜とはいえ・・・。



「は〜い。出来ました!昴特製暖かシチューですっ」
昴が料理を運んで来た。
なんてことはない。
ただのシチュー。・・・見た目は。
「さ、食べようよ♪」
二人お互い向き合い、狭い炬燵に入る。
「・・・いただきます」
「いただきまーすっ!」
挨拶の声が重なる。
俺は恐る恐るスプーンでシチューをすくった。
しかし、その瞬間。
「―――何だ、これっ!?」
まさか・・・シチューが・・・。
「シチューが・・・」
・・・伸びるなんて。

何と彼特製のシチューに入っていたのはどろどろに溶けたチーズ。
やけに黄色いそのシチューからはチーズ独特の甘さと匂い。
さらに焼け焦げ・・・。
「普通チーズなんか入れるかぁ?」
「え・・・普通じゃつまらないと思って。嫌だった?」
ある程度固まったチーズの塊をつつきながら昴が言う・・・。
「鍋回してる時は美味しそうだったんだけどなぁ〜・・・」
・・・こいつは・・・。

「まぁ・・・味は悪くない・・・、ちょっと食べにくいけど」
昴を悲しませたくないためのお世辞ではない。
本当に美味しかったんだ・・・。
だって、苦手な料理を俺のために作ってくれたのだから・・・。
感動さえ覚える。

「昴・・・本当にシチュー美味しかったよ」
「え・・・本当!?」
「もちろん・・・でもいきなりどうしたんだ?」
「・・・うん。何だか良秋さん疲れてるみたいだったから。俺のせいかなって・・・」
・・・やっぱり。
俺の考え通り昴は自分の境遇のせいで俺が疲れていると思っていた。
「別に昴のせいじゃない。」
「そうかな。だって、良秋さんが帰ってきて直ぐ寝ちゃうとか今までなかったじゃん。何かちょっと変わったよ」
「それは・・・なんたって今日は金曜日だから」
「・・・?」
「家に仕事持ち帰りたくなかったんだ。せっかく昴と夜中いられるって言うのに・・・」
「それに俺、こう見えても結構恋人につくすタイプなんだぜ」
「そうなんだ?それなら良かった・・・!えへへ」
昴はいつもの元気な顔で笑った。

まぁ・・・隣で丸まる綿毛の塊に抱きついた時の抱き心地の良さと暖かさだけは予想外だったが・・・。

♦fin♦