愛猫とお月様 2




その日は遅いという事で後日改めてという事になった。
というより皆動揺していたから。
今夜は随分月が高く出ていた。明かりがなくても部屋中が見渡せる。
良秋は暗い部屋に呆然としていた。
手足に力が入らず、何も考える事が出来ない。
愛しい…恋人のあの姿。今でも事実を飲み込めずにいた。

昴…まだ高校なのに、こんな俺に付き合わせて…。
やりたい事もたくさんあったろうに…!
何で、交通事故なんか…?

あ…今思い出した事がある。
今日は…俺の…誕生日。だから今夜会う約束をしていたっけ…。
じゃあ…俺のせいっていうのか…?
俺が車で迎えに行ってやれば、事故なんか起きなかった!

「……昴っ!」

涙が溢れ出た。寂しい涙だった。熱いものが溢れてくるのだ。
自分を責めて後悔して、昴にもう一度会いたい・・・!


チリン…
「…?」
チリン…チリン
「鈴…の、音?」


鈴の音。そこにいたのは真っ黒な猫。まだ幼い面影を残した子猫。
そのまん丸い瞳に良秋を映し出した。

「…な。どこから…?」
辺りを見回すとカーテンが風に揺れていた。
どうやら窓が開いていたらしい。そこから侵入したようだ。

「おー。どらどら。こっちおいで・・・。」
手をさすって近くに寄せる。
顎を撫でてやると目を細めて一鳴きし、ゴロゴロと顎を鳴らした。
「お前…人懐っこいなぁー…。」

その人懐っこさは昴の事を思わせる。
二人きりになると甘えてくる姿が猫のようで…頭を撫でると目を細めて喜ぶんだ…。
「お前も一人なのか…?」
『にゃー』

しばらくすると月がやけに光を強く放つのに気付いた。
そうだ…今日は十五夜。月が天頂に浮かび上がった。




うとうとしかけていたその瞬間何か聞き覚えのある声がしたような気がした。

「良秋さん…!」
「…は?」
目の前にいたのは猫ではなく昴。…昴がいた。
「良秋さーん!」
しかも全裸でぎゅうぎゅうと抱きついている。
その突拍子のない出来事にすっかり頭は底まで冴えてしまった。

「ちょっと待てー!お前っ…昴!?」
驚きのあまり突き放した身体は本物の感触。
突き放すなんて酷い、と言う声も本物。
「す・・・昴?」
「はい?」
「…死んだんじゃなかっ…いや…意識不明の重体で…今入院してるんじゃなかったのか…!?」
「…あぁ。俺入院しちゃってるんだぁー。」

そりゃ当然だと言わんばかりに昴は頭を掻いた。
「んー俺も驚いたけど、猫なんだと思う。…俺。」

そう言われてみてば先程の猫がいない。代わりのように昴がいる。
あの猫が昴?
「ご…ごめんね。良秋さん!俺も良く分かんないだ。だけど助けた猫の身体になっちゃってて…。」



…昴の話はこうだった。
今から五時間ほど前。
俺のマンションに向かう途中。
自分が歩道でひかれそうになった猫を庇ったというところまでは覚えていて、次に目覚めた時は猫の姿になってたらしい。
自分の身体もどこかにいってしまい、どうしようもなく俺のマンションに着た、と。

「で…でもなぁ…猫の姿って言っても、人間の姿してるじゃないか…!」
「…これも…良く分かんないだケド。」
「気付いたら…か?」
「う…うん。」

まぁ…助かったと言うべきか。
「…でも俺生きてるよ!だからこうして良秋さんに会いにきたわけだし!」

…こいつは、昴は自分が今どういう状況にいるのか真面目に考えているのだろうか?
「…誕生日おめでとうございます!良秋さん!」
「す、昴〜!」
「ごめんね、プレゼントどっかいっちゃった…。」
「お、お前なぁ・・・!プレゼントとかもうどうでもいいって!帰ってきてくれてありがとう!」

多分全然理解とかしてないんだと思う。
心臓もばくばくしてるし、体中が熱い。
昴がいてくれるだけでこんなにも幸せなんだから。

「もう二度と会えないって思ってたから・・・。」
「・・・泣いてたもんね!」
「うるさい!」

照れ隠しに強く抱きしめた。
この首筋も腕も腹も全部本物。
全くの昴だった。

今までの事が悪い夢だったのだろうかと思うほど何も変わらない。

十五夜の不思議な夜に起きた不思議な物語。



次の日の朝。
昴の細長い肢体に抱きつくように腕を伸ばした。

しかし・・・いつまで経っても昴の身体に触れることが出来ない。
寝惚け頭を無理矢理起こして隣に眠る昴をみた。

目を開けるとまず真っ黒い何かで顔を叩かれた。
ふわふわした感触でさわさわと撫でていく。
『にゃー』
「す・・・昴・・・?」

そこにいたのは昴ではなく、猫。
昨夜の黒猫だった。
いや・・・
昴・・・なのだろう。

『おはよー良秋さん。』
「しゃ・・・しゃべるのか!?」
『あれ・・・?俺の声が聞こえてる?』

尻尾を巻き返し、黒猫はにんまりと笑った。
『じゃあ、手っ取り早いね!俺は昴だよ。良秋さんの恋人のね♪』
「・・・!お、お前猫に・・・戻ってるけど。」
『・・・気付いたら・・・猫に。』

・・・。
・・・・・はぁ。

そこにいるのはにんまりと笑う真っ黒な子猫。


♦Fin♦