俺だけの猫




仕事の帰り道……面白い店を見つけた。

大きく犬猫のイラストが描いてあるプラ製の看板が立っており、軽快なリズムの曲が流れている。
チラシも入ってこないような店なのだろう。こんな店あっただろうかと小さい店内を見渡す。店の外
にまで品物が売られている程小さな店だった。

気まぐれで、物の大雑把に積み上げられた店内に入る。棚という棚に溢れる品物にざっと目を通して
いくと、猫雑貨コーナーに行き当たった。



「ただいま」

リビングの仕切りドアを押し開け暖かい部屋に入る。寒い外にいたからか、室内との温度差でほぅと
身体が暖かくなった。

『あ、お帰りなさい!』
「何してたんだ?」

俺が帰って来た事に気付いたスバルが猫特有の軽い足取りで足元までやって来た。足下で見上げてく
るスバルの頭を撫でながら周りを見渡す。人の声や音楽が聞こえるので、どうやらテレビを見ていた
ようだ。

『良秋さん、これ何っ?』

スバルは仕事用の鞄以外にぶら下げていた半透明の黄色いビニール袋に興味深々のようだ。鼻先でつ
つき、まん丸い瞳で見つめている。

「あぁ……これはお土産。お前に」
『えっ!?……何だろう??』

驚きつつも喜びの表情。期待して喜び上がっているスバルを横目に、俺はビニール袋から買ってきた
お土産を取り出した。「ほら」と屈んでスバルの鼻先に見せつけるようにして差し出す。

『えっ……』

それを見たスバルの反応が予想通り過ぎて密かに笑いが出る。固まってしまったスバルが見た物とは、
赤い紐状の物。中央となる部分には金色をしたアルミ製の小さな鈴が付いている。

「……嬉しいか?」
『嬉しくないっ!』

一応聞いてみたが直ぐ様非難の声が返ってきた。まぁ、予想範囲内のやり取りである。だがそれは取
り敢えず笑顔でかわし、スバルの首根っこを掴んだ。

「付けてみろよ、せっかく買ってきたんだからさ」
『……えぇ〜……』

唖然と目の前の物を見つめていたスバルの円らな瞳が不振な色に曇る。しかしいよいよとなると、
次第に嫌な顔になって作り笑いのような苦笑いに変化した。人間時のスバルの顔が容易に想像出来る。
それはこれ以上ないくらい情けない昴の顔。黒猫は一歩後ずさり『別に頼んでないんですけど……』
と言った。

「いいから、いいから」

抗議の言葉を叫ぶスバルを押さえつけ半ば無理矢理首に付ける。人間と猫とじゃ力の差は歴然だ。抵
抗といっても爪などを出して暴れることをしないスバルを意のままにすることはたやすい。ひょいっ
と軽い身体を持ち上げて、猫の短い首に首輪を巻き付ける。

「お。結構いいんじゃないか?」

黒い身体に赤い首輪。細身の毛並みにすらりと伸びた尻尾。どこかの高級血統書付きの猫のようだ。
(……実際そうなのかも知れないが……)

定番なカラーリングだが、それがすごい存在感を出していた。どこかの魔女の使いみたいだ。おまけ
に鈴も鳴る。

「うん。やっぱり赤が映えるな」

俺は想像した通りになったので大いに満足感を得た。

「最近は色んな色柄や種類があるんだな。嬉しいか、スバル?」
『……微妙。こんなのなんで急に……?』

スバルは困惑したような、げっそりとしたような表情をして、ぐったりと項垂れている。慣れない首
の圧迫感に何とも言えない気持ちでいる事だろう。今は猫の姿をしてはいるものの、あくまでも彼は
人間なのだ。当然猫扱いされては気持ち良いわけはないだろう。その心情は理解出来るのだが……。

「つい。たまたま通りかかったペット雑貨店で売られてたんだ。やっぱ猫には首輪だよな。なかなか
似合ってるぞ」
『……そう?……ありがと』

実家では猫も含め動物を飼ったことがなかったので、こういう感覚は少し楽しい。今やペットグッズ
は豊になり、家や服まで用意されているのだが、さすがにそこまで拘るつもりはない。けれど、首輪
くらいは良いかと思った。

スバルはしばらく何か考え事をしているような素振りを見せ、突如思いついたように耳を立てた。ど
うやらまだ不満があるらしいな。

『ねぇ、この猫の姿の時は良いかもしれないけど、人間に戻った時はどうするの?』
「ふっ……大丈夫。その事についても考えてある」

そんな事も考えられない俺じゃない。俺はスバルの素朴な疑問に不敵な笑いを返した。




時刻も深まり、月がずっと輝きを増した頃。

「――っ!」

薄ら人間に戻っていくスバルから小さな悲鳴のような声が聞こえた。

「く、苦しっ……!」
「やっぱちょっと苦しかったか?」

完全に人間形態に戻った昴は背を向けて、苦しそうに首を押さえつけてもがいている。

「けほっ、けほっ!何、これ……!」
「……大きくなっても大丈夫なように紐がゴム製のにしてみたんだが……やっぱり無理か……」

良い考えだと思ったんだけど……残念だ。
俺がそうがっかりしているとやっと落ち着きを取り戻したのか、目尻に大粒の涙を溜めた昴がこちら
に向き直った。

「けほっ……別に無理ではないけど……こんな猫扱い、嫌だな」

あと窮屈だし……と続けて言った。未だ苦しそうに喉元を押さえ上目遣いでこちらを睨む。

「良秋さんだって猫の姿の俺なんか嫌いなくせにぃ」

一体いつ誰がそんな事を言ったんだ?
スバルは自分が動物扱いされた事が悲しくてどうやらいじけてしまったようだ。普段猫同様甘えて、
都合が悪くなると猫のように無口になるくせに。

「……」

それにしても、赤い首輪をしていてはどんな動作でもそそられてしまう。昴の細くて白い首筋に首輪
がきゅっと締まり、若々しい肌に食い込んでる感じがまた何とも言えず良いじゃないか。

「なぁ、そんなにいじけるなよ」
「ぐっ」

首輪を引っ張って無理矢理自分のところに寄せる。昴は変な声を出して抵抗するが、引っ張られると
やはり苦しそうに顔を歪めた。苦しい思いをしたくなければずるずると俺の良いように引っ張られる
ほか無い。

「な、何する……っ」
「だってお前猫だろ?」

首輪を良いように弄って首筋を指先でなぞる。

「な……何言ってるんだよっ……。ちょ、ちょっとっ」

わざと触れるか触れないかの瀬戸際でさわさわと指を動かす。すると、その動きに合わせて昴の背中
がぞくぞく肌が硬直した。昴の柔らかい髪の毛に顔を蹲めて背後から抱きしめる体勢をつくる。

「良い感じに耳と尻尾だけ残るわけにはいかないかな?」

耳元にそう囁くと、小さく噛み殺したような声が漏れた。息がかかったのか昴は感じてしまったらし
い。

「んっ!そ……そんな都合の良い事あるわけないじゃんっ」
「お前、耳元弱いな」
「っあ……よ、良秋さん!ふざけないでよっ」

昴の身体に合わせて鈴の音が細かく鳴る。この状態から逃れようと手足をばたつかせるが、それは力
を持って押さえつけた。

「こら、あばれるな。子供じゃあるまいし」
「だって。……変な事しない?」

変な事とはどういう事なのだろうか。また可笑しくて密かに笑いが出た。「しないよ」と耳元で囁き、
小さく震えた身体を腕の中に一層強く抱き締める。若干骨張った身体と子供特有の体温。

「本当、お前は猫みたいだよ。あ、でもたまに犬かも」
いつものじゃれついてくる昴の姿を想像してしまった。

「ど、どっちだよ……もう!」
「はははっ」

ぐたりと沈んでしまった身体を自分の方に傾けて支える。昴はもうどうにでもなれと観念したのか、
大人しく腕の中に収まっている。俺は顔を真っ赤に染めたそんな彼を愛しいと思った。恥ずかしがる
彼の首筋に強いキスを送る。

「……ん」

……今更だが首輪が付いていると首筋へのキスがもの凄くやりづらい事に気づいた……。

一瞬動きの止まった俺のことを昴が不審そうに見上げた。

「何?」
「い、いや。何でもない」





……You are only my lovely kitten for a long time before.


fin♦
090111