愛猫とお月様 2nd 3




「・・・ただいま。」
帝のアパートを出てもなかなかマンションに帰れずにぶらぶらと歩いていた。
コンビニに寄って無駄に時間をかけていたらいつの間にか十時を切っていた。
本当に自分でも子供かと思う情けなさだ。
「ただいま。スバル?いないのか?」暗闇の中に声をかけても返答はない。
不思議に思ったがリビングに入ったら人の気配があった。
「・・・どうしたんだ。電気も点けないで。」
時間が時間だったせいかスバルは人間の姿に戻っていた。
・・・俺はやっぱりこの昴を昴と認める事が出来ずにいる。
形こそ昴ではあるが・・・病院にいる昴の顔が頭をよぎる。

灯りは点けたものの顔を伏せているので表情が見えない。
空気が重く暗く感じた。
「・・・・・・昴。顔を見せてくれ。・・・怒っているのか?」
「・・・・・・。」
「・・・昴 黙っていたら分からない。」
「・・・っ!ご…ごめん、なさ…っ。ごめんなさい・・・。」
「・・・昴!?」
いきなり何故か謝りだした。
俺は慌てて昴の身体を優しく抱き締めてやる。
当然だが生身の感覚がした。
次第に泣きが入ってごめんなさいが聞き取れなくなる。
「一体どうしたんだ。何を謝っているんだ?」
そう問いかけてもただ泣くばかり。
最近昴は情緒不安定だ。
仕方なく黙って抱き締め、落ち着くのを待つしかない。

・・・前にもこんなことをしたことがある。まだ昴もずっと子供だった。
いや・・・今も子供か。俺の腕の中でしゃくり上げる昴を優しく撫でた。

「・・・どうだ…?落ち着いたか?」
「・・・ごめんなさい。」
「まだごめんなさい、か・・・。」
顔を無理矢理上向かせる。
目元は真っ赤に色付いていた。
「・・・昴?お前…・・・ずっと泣いてたのか…!?」
「・・・。」
「・・・このっ!馬鹿!!」
俺はつい声を張り上げた。
「・・・ごめん・・・なさいっ。」また昴の目が潤み出した。
「クソっ・・・!」
・・・いや、この怒りは昴に対してではない。
これは・・・俺自身への怒りだ。
昴はずっと泣いていた。
声を殺して・・・真っ暗な部屋で一人・・・。
その時・・・俺は・・・。
自分の事ばっかり考えて、素直になれなくて・・・帝に甘えてしまった。
そんな最低な俺に対しての怒りだ。
「・・・ょ、良秋さん。・・・ごめんね。」
「昴・・・何が悲しい?」
「・・・・・・。・・・分からない。分からないけど悲しいんだ。すごく。」

昴も不安なのだろう。・・・いや・・・昴の方が本当はずっと不安でずっと考えていた。
俺は軽い奴で何も考えていないと思っていたが・・・それは大間違いだ。
そんな事をこの涙を見てから気付くなんて。
「・・・ごめんな。昴」
「良秋さん…?痛ッ…!良秋さん、きついってば!」
「なぁ・・・昴…。俺、もう逃げないよ。もうお前を一人になんか絶対しないから…一人で泣かないでくれ…!」
昴を折れてしまうんじゃないかと思う程強く抱き締めた。
「・・・分かった。俺、ごめんね。良秋さんが悪いんじゃないから。」

昴は自分が掴んでくしゃくしゃになった俺のYシャツから顔を離した。
「良秋さん・・・こないだの人…の匂いがする。」
昴はまるで猫のようにクンクンと鼻をならした。
「あ・・・。」
・・・まずい。
「ねぇ・・・良秋さん。これって浮気?」
まずい。昴は人一倍独占的で浮気とかは絶対許せないのだ。
「・・・馬鹿 そんな訳ないだろっ…!」
「ふーん。でも確か女の子みたいに可愛かったし・・・良秋さん、他人になのに妙に優しくしてたし。」
初めて帝と会った日の事を言っているのだろう。特に優しくした覚えはないのだが・・・。
良く覚えていたな・・・。
「ひどいよ!俺が泣いてた時にあの人と会ってたの!?」
「違う!会いたくて会ったわけじゃない!」
「嘘だぁ!・・・っ!」
乾きかけていた涙がまた流れ出したのか昴は手で目元をごしごし擦り始めた。
あぁ…俺はまた昴を泣かせてしまうのか。
「昴・・・!」
ビクッと肩が跳ねた。それと同時に手の動きも止まる。
昴の腕を掴み顔から引き離す。
「目を擦るな・・・。腫れちまうぞ。」
目元に溜まっている涙を舌で舐め取ってやる。
「ちょ・・・くすぐったい。」
昴はあははと笑った。
それを見て少し安心する。
「帝さんとはちょっとそこで会ったから、少し話しただけだよ。だから何でもないだろ?」
俺がそう言っても昴はうーん・・・と首を捻っただけだ。
「じゃあ、その包帯はどうしたの?」
「あぁ・・・帝さん犬を飼ってて 噛まれた。」
「大丈夫?」
昴は心配そうに眉を寄せて、包帯をさする。
「この包帯・・・帝さんが・・・?」
「・・・・・・お前は俺を疑い過ぎだ。・・・知ってるか?俺とお前ってもう三年も付き合ってるんだぜ?」
そう言うと昴の顔がほのかに赤くなった。
・・・本当に素直な反応を返してくるな。
「・・・もう…そんなに経つんだ。・・・早いね。」
「・・・三年もだぞ?俺…今まで付き合ってきて初めてだ。あとこんなに愛したのも・・・きっと初めてだと思う。」
「・・・え」
昴は俺の言葉に真っ赤になってしまったのか、完全にうつむいてしまった。
・・・。
こっちが恥ずかしくなる。

「・・・も・・・き。」
「・・・ん?」
小さな声が途切れ途切れ聞こえた。
「俺も好き。」
・・・。
・・・・・・ヤバイ。俺は上を見て天井を仰いだ。
ヤバイ・・・可愛い。
情けない事に俺のが昴の顔を見れなくなってしまった。
愛してる・・・じゃなくて好き。
その一言に精一杯込められた愛情が愛しいと思った。

「うわッ…!」そのまま押し倒す。
お互い顔が見えないように重なった。
「重い・・・。もしかして照れ隠し?」
「うるさい・・・。」
「あはは。」
「…もぅ寝ろ!」
「えー。もう寝ちゃうの?今だけなのに。こうやっていられるの。」
昴が耳元で囁く。
「・・・バーカ そんなんじゃ誘われねーよ。」
俺は昴の横に転がり昴の頭を腕に乗せた。腕枕ってやつだ。
しばらく髪を梳いてやるとだんだん気持ち良さそうな寝息が聞こえきた。
その寝顔に気付かれないようにキスをする。


昴も辛かった。
その辛さを少しでも分けて欲しい。
そうすれば少しは辛くなくなるんじゃないのか?

俺は少しでも力になってやるんだと固く誓って強く昴を抱き締めた。