愛猫とお月様 2nd 2




次の日 スバルを連れて病院に行った。
昴は個室の病室で治療を受けているから室内は静かだ。
少し日が落ちてきて窓際に淡い光が射し込んでいる。
病室に入り、スバルをゲージから出す。
スバルは耳をピンと立ててしばらくベットを見つめていた。
そしてゆっくり近づくとベットの上にジャンプして自分の…昴の顔を覗き込んだ。
『・・・・・・。』
「…スバル?」
『…俺 本当に事故ったんだ。大丈夫なの?』
「…体の方は大丈夫だそうだが、意識が目覚めないって医者も舌を巻いてる。・・・誰かさんのせいでな。」
『…ふふ。やっぱり俺のせい?』

「どうすれば元に戻るんだろうな。」
うん…と小さな声が病室に響いた。

横たわる昴の側に近づく。
眠ったままの昴。顔は綺麗なまま。
身を乗り出して昴の唇にキスをする。
・・・。
一瞬静になったが次第にうるさい猫の声が聞こえてきたので、唇を離す。
「・・・これでもやきもち焼くか?」
『う゛・・・。自分が憎い!ねぇ、俺にもして!』
「俺にもって・・・猫にキスなんか出来るか。」
『・・・意識のない病人は襲うくせに。』
「はははは。」
俺はスバルのいじけたような声が可愛くてつい笑ってしまった。
「でも本当はキスだけじゃ足りない。」
『・・・うん。ごめん。』
「別にお前が悪いんじゃないよ。さ・・・帰ろうか。」
『・・・うん・・・!』

病室を出る際すごく昴が愛しいと思った。
スバルが夜になったら人間の姿のになるなら、ここで眠りにつく昴は一体何なんだろう。



次の日の朝。
布団にくるまって丸くなっているスバルに声を掛けた。
昨日 昴の見舞いに行った夜・・・眠れずに考えていた事だった。
「なぁ…スバル。お前元に戻りたくないのか?」
それはずっと心の中で思っていた事。
『え…?…何で?』
「…お前軽いから…重大性が分かってない気がする。」
『…そんな事ないよ。…でも…。』
「…でも?」
少しスバルが言い黙る。言おうか言うまいか迷っていたようだがポツリと言った。

『・・・そんなに急がなくても良いと思う。』
「なっ…!・・・何を言ってるんだ!?」
元に戻りたくないなんて…!
俺がどんな気持ちで…。
どんな気持ちでいるのか分かっているのか!?
『・・・俺は・・・。』
「止めろ!!」
・・・俺はお前の事を想って・・・!

一日でも早く一秒でも早く元に戻してやりたいと思った。
だけど・・・スバルはそうは考えてはいなかった。
「お前は何でそんなに物事を軽く考えるんだ!?俺の事も考えてくれよ!
これはお前だけの問題じゃないんだ!」
・・・。
言い切って俺は玄関に向かった。
仕事の時間だし、それ以上にあの姿を見ていると気分が悪くなる。
俺が考えすぎなのか・・・?
後ろでスバルの声が聞こえたが俺は拒絶するようにドアを強く叩き閉めた。




夕方を過ぎ辺りが次第に暗くなってきた頃。
俺は公園のぶらんこに座り揺れていた。
何となくマンションに帰りずらかった。スバルを閉じ込めたままだが・・・。

「あれ?宮束さん?」
最近聞いた声が聞こえた。
顔を上げると二日前に会った・・・帝が立っていた。
「あ・・・帝さん。こんばんは。」
「こんばんは。どうしたんですか?こんなところで。」
「いや・・・・何となく帰る気分になれなくて。」
何を言ってるんだ。俺は・・・。良い大人がこんな子供に・・・。
「・・・。じゃあ僕のアパート来ますか?」
「…え?」
「近くなんですよ。だからお茶でも・・・。寒いじゃないですか、ここ。」
帝はにっこりと笑って遠く小さく見える建物を指差した。
確かにここは冷える。ただでさえ秋空で寒い風がまとわりつくというのに。
「……。お邪魔します…。」
「はい。」そう言ってまたにっこりと笑った。

俺は一体どうしたのだろう。大事なスバルを一人っきりにしてまだ知り合って間もない人に付いていくなんて。
最近人と接していなかったから人恋しくなっていたのかもしれない。
いや・・・避けているのかスバルの事。


「ここです。僕のアパート。」
少し小さめのアパートだった。
でも小さいけれどしっかりした感じがした。

「一人暮らしですか?」
「・・・一人暮らしと言えばそうですね・・・。」

何だが釈然としない物言いだ。
「・・・ただいまー。」
帝が真っ暗な部屋に呼び掛けながら玄関に上がる。
誰もいないんじゃないか?
しかし・・・。

ワンっ!
…犬の鳴き声がした。
「ただいま・・・シロー・・・」
「うゎぁっ!」
シロー・・・と呼ばれた真っ白い犬は暗闇からいきなり俺に飛び掛かってきた。
突然の事に受け身もまともに出来ず、情けない声を上げただけでその場に押し倒されてしまった。
体の鍛えられた大きな犬で抵抗しようにも・・・・・・怖い。


「・・・ごめんなさい。シローが失礼しました。」
帝が頭深く下げ謝ってくる。
「この子も悪気はない・・・と思います。」
さっきから敵意丸出しで唸りを上げている犬のどこに敵意がないと言うのだろう。
帝が制していなければ今にも飛び掛かってきそうだ。
そんな気性の荒らさは先ほど出来たばかりの手の甲の引っ掻き傷が証明している。
帝に応急手当てはしてもらったがまだずきずきと痛む。
犬の分際で俺に傷を負わすなんて…。
「犬を飼っていらしたんですね…。驚きました。」
「・・・はい。ずっと一緒に暮らしているんです。」
…成る程。俺が危険だと思ったらしい。
帝にはずいぶん懐いているようだ。
「宮束さんは…スバル君とどのくらいいるんですか?」
「え・・・。あ…そうだな。」
俺は熱いコーヒーをすすり考える素振りをした。
スバルと…昴とは付き合って何年になるだろうか。
初めて出会ったのは昴が高校一年の頃だった。
「もう…三年ぐらい経ちますかね。」
「へぇ・・・。すごく…仲が良いんですね。」
帝は微笑んで傍らに寝そべるシローの頭を撫でた。
それで片目を少し開けたがまた気持ち良さそうに目を閉じた。
しばらくして帝が細い声で言った。
「・・・僕なんか・・・いなくなって・・・後になって気付いたんです。
スバル君・・・大切にしてあげて下さいね。」
・・・?
いなくなって・・・・・・誰かをなくしたのだろうか。
帝は遠くを見ているような目でシローを撫で続けた。
その大きい瞳にひどく寂しい色を落として。



「あの・・・こんな時間までお邪魔しました。いろいろと…。」
「いいえ…。あの…」
「はい?」
「良かったまたいらして下さい。夕方には帰ってるんで・・・。」
「・・・良いですよ。また会いましょう。」
俺は笑顔でそう答えた。

時間はちょうど8時を回った頃。
帝は悲しい過去がありそうだけど、優しく気持ちが良い人だと思う。
・・・スバル 今頃どうしているかな。心配してるかな。
・・・朝言ったことも謝らないとな。




 どういうつもりだ・・・?
「そっちこそどういうつもりなんだよっ・・・!いきなり飛び掛かるなんてさ…。」
 ふん…お前の事を卑しい目で見ていたからな。少し痛め付けてやっただけだ。・・・それとも飢えているのか?
「なっ…なんて事言うんだよっ…!僕・・・そんなつもりじゃ…。」
  帝…。愛してる。だから他なんて必要ないだろ…。
「…うん。僕もだよ。・・・でも…あの人は…宮束さんは同じな気がするんだ。僕らと…。」
  同じ・・・?
「うん。そんな気がする。」