愛猫とお月様 2nd 1




 あれから一週間程経つが俺と昴の関係は不変なく、昴は俺のマンションに引きこもりつつあった・・・。
「こらスバルツ!少しは外に出て散歩でもして来きなさい!」
手を腰にして小さな頭を叱りつける。
『えー。いいよ、俺は。』
しかし小さな耳だけを揺すって反応を返した。
「良くない!太ってきたんじゃないのか?ご自慢の脚とか…!」
『う゛っ!』
どうやら今の俺の発言は少なからず図星であったようだ。
大きな黒目をまん丸にして固まった。

まだ日も浅く詳しい事は分からないが、昴はどうやら昼間は猫の姿でしかいられないようだ。
しかし夜はそれの逆。
月が高く昇った頃、以前の彼に戻る。
そして陽が昇ると同時にまた猫に戻る。

ずいぶんややこしい状態になったもんだが、本人はどうも楽しんでいる様子が少しあった。
引きこもっていられるし、何より学校に行かなくていいという。
まぁ…それはそうだろう。
お前は昏睡状態で病院にいるはずなんだからな。
今も母親は病室に通いつめならしいし…いっそのこと言ってしまった方が良いのだろか。
昴は猫と合体して(?)、優しい恋人の元今も幸せに暮らしています、と。
当人がもう慣れてしまったのか平然と手なんか舐めていると、俺のが杞憂なんじゃないかと思ってくる。

「…スバル…。お前不安じゃないのか?そんな…奇怪な姿になって…。」
『別に不安じゃないけど…。だって夜は元の姿に戻れるし、良秋さんにいつもべったり出来るしね♪』
「……はぁ。」
この能天気ぶり。いや、ポジティブと言った方が良いのだろか…。

スバルを腹から持ち上げると痛くないように抱き直した。
「引きこもるのは勝手だがな。いくら愛嬌があってもぶくぶく太った猫はあんまり好きじゃないぞ。」
『猫は少しくらい太ってる方が愛嬌あると思うけど…。』
「その猫がお前だったら話は別だ。」
『・・・・・・ふぁーい。』
スバルは情けない声をあげ、尻尾をぱたぱたまわした。
心の底から外に出たくないという態度だろうか。



『…良秋さ〜ん。も、もう無理!』
「いっ…!痛い!スバル!」
スバルが声を強ばらせると小さい爪が肌に刺さった。
今まで普通に見えていた風景が全て広大に見えているのだろう。
足元で震えるスバルを肩上で抱えると頭をぎゅっと押し付けて安心させた。
次第に震えも収まり今度はキョロキョロと周りを見渡している。

『車怖いねー。あと凄いガス臭い。』
「なんだ。もう慣れたのか?」
『うん、まぁ…。さっきよりは。猫の視界って怖いなぁ!』
「大丈夫か?」
『基本的な動きは大丈夫だよ。なんて言うか…体が覚えてる って感じかな?』
「ははは…。」
何だよ、基本的な動きってのは。
その、さっきから俺の肩でゴロゴロと鳴っている顎の事か?
にんまりと笑うスバルを見てると本当に…。
何も考えられなくなってしまう。
いや! それじゃ駄目だ!一刻も早くスバルを元の体に返さなくては。
しかし…その方法が思い浮かばない。
いや、こんな非常識な事思い浮かぶ方がおかしいのだが。…どうすれば良いんだ…?

『良秋さーん…。』
スバルが小さな声で俺に呼びかけた。
「あっ…ごめん。」
『いや…この人…。』
「え…」
「こんにちは。」
「こ、こんにちは!」
気が付かなかった!人が見ていたなんて。
考え事に没頭していたか。全く俺の頭も相当参っているな。

「可愛い猫さんですね。」
 にゃー
「あ…はぁ。そうですか…?」
「え?何でですか?可愛いですよ。ちょっと見せてもらっても良いですか?」
「え…っ!あ 良いです…けど。」
俺はそう答えると抱いていたスバルを渡した。
その時目が合いそうになったが素早く反らした。
仮にも人間なのだ。
動物扱いされて嬉しくあるわけないだろう・・・。

「あれ?すごい緊張してるみたい…。大丈夫だよー。」
細耳をピーンと立て手足は固まっている。
スバル・・・大丈夫か?

細い手がスバルの頭を撫でる。優しい手付きだ。
この男、良く見るとずいぶん幼い顔つきをしていた。
いや、背からしても顔相当に若いのだろう。
「彼の名前何て言うんですか?」
「スバル…って言うんだ。」
「そっかぁ…。スバル君って言うんだ。」
「僕は帝って言います。」
ふんわりと笑う彼はそこら辺の女の子より細く可愛らしかった。
「あ 宮束です。」
「この子のこと大事になされてるんですね。」
「…はい。」
スバルを受け取る。
「じゃあ、ありがとうございました。」
彼はこれまた可愛らしく頭を下げ、来た道を戻っていった。


「何だろう…不思議な子だったなぁ。」
『…ふん。俺の良秋さんにベタベタしちゃって…。』
スバルは長い尻尾をくるんと寄せ上げて不機嫌な声を出した。
あ…。
「スバル…もしかしてやきもき?」
『…‥だってさぁ…。』
…拗ねた昴が頭に浮かんだ。ちょっとおかしくて、笑いがでる。
『あー!今バカにした!』
「バカになんてしてないよ。今日はもう遅いから帰ろう。」
スバルの鼻先に軽く触れるだけのキスをする。
するとしばらくして顎を鳴らす特有の音が聞こえてきた。