暖かなハロウィン




「トリックオアトリート!」
近所のガキが真っ黒い衣装を身に付けて今この時期お決まりの台詞を言った。

イタズラされるかお菓子か?

可愛いもんだな、お子様は。
お菓子ぐらいならあげたいもんだが・・・あいにく今はバイト中だからなぁ〜・・・。
俺が困っているのにも関わらず子供は期待を込めた視線で見つめてくる。
そりゃあキラキラして眩しいくらいに。
「うーん・・・そうだなー。よし!あのおじちゃんに言ってみな!」
「うん!」
俺はちょうど休息室から出てきた店長を指差した。
が店長はすぐ気付いて俺に指摘する。
「こらっ!黒木君!おじちゃんじゃない、まだお兄さんだっ!」
「まぁまぁ〜」
「おじちゃーん!トリックオアトリート!!」
「なっ!」
「・・・ぷっ!」
やーい!子供にまで言われてやんの。
本当にショックを受けていそうな店長の顔を見て吹き出してしまった。
「お菓子ちょーだいっ!」
「しょうがないな。じゃあこれで良い?」
店長はそう言って在庫の箱からクッキーのパッケージを取り出した。
「わー!ありがとう!」
ガキんちょはニコニコ笑って来た時と同じ様に走って行く。
遠くなると細部まで作られた真っ黒い衣装はただの黒い塊みたいに見えた。


「店長優しぃーんだぁ〜」
俺はちょっとからかう様ににんまりと店長を見た。
「子供って可愛いよねー。あ、俺も店長から見たらまだ子供かな?ね、お兄さん!」
最後は少し上目遣い。店長は俺の意図に気付き、やれやれといった風に肩を上げた。
「君にはかなわないよ。好きなの持ってきなさい」
「よっしゃぁー!ありがとー!!」
そんなこんなで俺はバイト終了後お菓子箱のたんまり入った紙袋を持って帰路についた。


しかし、途中でずいぶん見慣れたシルエットが立っているのに気付いた。俺よりずっと高い身長。
俺の後輩の匁爽士くん。
便利君兼一応・・・俺の恋人。

「何してんの?」
「・・・・・・」
もう秋寒くなってきたこの時期に何て馬鹿な奴。寒いだろうに。
「部活の帰り?」
「・・・はい」
小さく頷く。耳が赤くなっていた。


二人並んで歩く。
周りは真っ暗でぽつぽつ立っている街灯だけが光っていた。
「今日ね、店長にお菓子いっぱいもらっちゃった!」
ほらっと言う様に紙袋を見せ付ける。
「店長はさ、俺に気があるね!俺のおねだり何でも聞いてくれるもん♪」
「・・・・・・」
匁はただ無言で俺の話を聞いていた。

・・・一体何の為に待っていたんやら。
俺の事なんか興味ない?

匁より少し前を歩く。
歩幅を考えれば直ぐ追い付かれるはずだけど何故か奴は付いてくる様に歩いていた。
が、次第に一人分の足音しかしない事に気がついた。
もちろん一人分の足音とは俺の足音だ。

振り返ると少し離れたとこに匁は立っていた。
何だか気難しい顔をしてこちらを見ている。

「おーい?」
呼び掛けにも無反応。
まったく今度は何だっていうんだ?仕方なく俺から近くに寄る。
「どうした?」
匁は深く呼吸をして意を決したように口を開いた。

「先輩・・・と、トリック、オア、トリート・・・!」


・・・は?
それは数時間前に耳にした言葉。
イタズラされるかお菓子か?
ガキんちょのお遊びだ。
「匁ぇ?」
「せ、先輩!冗談じゃありません!俺は本気ですよっ!」
確かに本気の目だ。第一この堅物が冗談なんか言うわけがない。
だから、だからその分こういった事を言うのが信じられない。
・・・驚きだ。


目で責められる。
真剣な視線だ。
そんな目で見つめられたらいつもの軽い態度がとれないじゃないか!
笑うにも笑えない。

俺がとった答えは・・・
「・・・悪戯して」
「・・・・・・」

持っていたお菓子の袋を見遣った。悪戯から逃れる術はある。
だけど、お菓子あげます、じゃつまらないからなぁ。
どうやら俺の悪い癖が出たようだ。


「悪戯・・・じゃあ覚悟して下さい」
覚悟・・・って!いきなり道中で何をしているんだ、こいつは!
匁が俺の腰に手を回し引き寄せる。
おぉ〜大胆な。
「んっ」
塀に押し付けられ、キス。
なかなか上手いもんだな、などと俺は冷静にキスを受けていた。
あ〜
ちょっと気になる事が。
「んん〜、背中痛いっ」
ガチガチした塀は固いし冷たい。
キス、気持ち良かったのに・・・もったいないな。
一旦場所を移動した。



この暗がりの中、公園なんか怪しいかな。
「っあ、ちょっと、くすぐったい」
執拗に首筋のラインをなぞられる。耳裏を舐めるもんだから、変になりそうだ。
そこが苦手な事はもうバレてるんだろうな。
さらにはだけた胸元に手を入れられ肌に触れられる。
男の熱くて少しがさがさした感じ。
触れられると背筋がぞくぞくする。

「っくしゅ!」
「うわっ!」
いきなり耳元で音がした。
甘い気持ち良さに酔っていた俺はいかにもな不満の表情が出てしまう。
「どうした?」
「いえっ!・・・何でもないです・・・。」
匁は赤い鼻を啜った。そして額は軽く汗をかいていた。

俺はよれたYシャツを直しため息をついた。
こんなに荒い息継ぎしやがって。さすがに欲情しての荒い息ではないだろう。
俺は匁の額に自分の額を押し付けて言った。

「・・・すごい熱。大人しくお家に帰ってさっさと寝ましょう」
「先輩〜・・・。」
抱き締めてくる手にも力が入っていない。
「おいっ!こんなところで力尽きるなよっ!」
「う゛〜ん・・・」
眉間に皺を寄せ苦しそうに唸る。
無茶しやがって。
これだから年下は。
まさかキスの途中で倒れるなんて・・・。

重い身体を無理矢理起こさせ、肩を持ち引きずる。
ゆさゆさ揺れる匁の途切れ途切れの呼吸の音。
ああ、なんというハロウィンだ。
「先輩・・・あげます、これ・・・。」
手のひらに渡されたアメの包み紙。
黄色とオレンジ、緑とまさにハロウィンを連想させる色。
一体どこまでハロウィンを徹底させる気なんだ・・・。

「なぁ、何がしたいか良く分からねぇけど倒れるほど具合悪いのに待ってなくて良いから」
「スミマセン・・・迷惑かけて」
匁はそう言って頭を下げた。しょげてしまったようだ。

「友達と・・・話してて」
「え?」
「友達が年上の彼女に俺が先輩にしたみたいな事したら・・・上手くいったって言って
俺・・・先輩に好かれてる、自信とかすごくなくて・・・仲良くしたいなと思いましたっ・・・」

先輩に好かれてる自信・・・俺が匁を好きかって事?
・・・それは・・・自分でも良く分からない。

でも、まぁ・・・
「お前あったかいから許す」

・・・そう。さっきからずっと暖かい。
支える肩も触れ合う手も全部暖かい。
特に・・・心って言うのかな?恥ずかしいけどそういう感じがした。
だからお礼と言っちゃなんだけど少し正直に言ってやろう。

「なぁ、待ってて・・・迎えに来てくれて嬉しかった」
意識朦朧としてどうせ聞こえてはいないだろう。
「ありがとな、おかげさまでハッピーハロウィーンだよ」
そう言って匁の頭を撫でた。
すると匁が強く寄りかかってきて、またそこがずっと暖かくなった。

♦♦Fin♦♦

2009/05/11 加筆修正