傷跡 2
数日が経った頃。
「はぁ…。」
来てしまった…。
氷室から貰ったメール。それはいつもの自分よがりなメールで何とも甚だしい。
しかしそんなメールよりそう思っているのに来てしまう安い自分が情けない。
あの日から何となく学校でも避難して過ごしてきたのだが。
怒らせた挙げ句、去り際が最悪だった。
しかしここで行かないとなれば更に事態は悪くなるのではないか?
本当に本当に心から行きたくないとは思うのだが・・・仕方ない。
氷室は自分と違い超お金持ち。一駅分都心に近づいたら氷室のマンションだ。
親に勘当されているのかどうかは知らないが、仕送りはして貰ってはいないようだ。
一体氷室は普段何をしているんだろう・・・?
そう言えば・・・氷室のメールが来る以外で遊んだりとか会話も無かった。
大分付き合ってはいた気がするけど俺は氷室の事知らな過ぎるんだ。
・・・。
深く深呼吸してマンションの階段に足を掛ける。
階段の安っぽい軋みがないと何だか不安になるのが悲しいと思った。
真新しいマンションなので入り口の黒い扉は青く光っている。
鍵が開いていたのでチャイムも押さず、部屋に入った。
するとまずここで嫌な予感がした。
靴がある。
見知らぬ靴だ。
氷室の靴のサイズより一回り小さい。それでもって俺のものでもない。
「…はぁ。」
ということは…。
そう思い、前進すると予想通りの息継ぎ。喘ぎ声にも近い。
俺のこと勝手に呼び出しといてそういうことするのか…。
氷室がその気ならこっちだって・・・一発殴ってやる!
こればかりはもう許す事は出来ない。
コレが最初だったらまだ大丈夫と言い聞かせられるだろう。
しかし・・・。
そう思いだしたらもう歯止めは利かない。
感情だけが昂ぶっていた。勢い良くドアを開けて、眼前に入る光景。
「……。」
「…。」
俺の予想通り。
確か・・・後輩にいたような顔があった。
一方的なような行為だが、後輩も喜んでやっているのだろう。
俺もあんな感じなのかと思うと気分が悪くなってきた。
もうこの場にはいられなくなってこめかみ辺りを押さえた。
「・・・ごめん。氷室・・・時間、間違えたかな?」
「・・・いいや。」
当たり前だ。むしろ約束の時間より5分早い。
悠々として行為を続ける氷室に効くかはわからないが思いっ切り睨んだ。
出来る限り冷めた視線を向けたつもりだが、氷室は喉を鳴らして愉しそうに笑うだけだった。
本当に頭痛がしてくる。
「分かったから・・・そんなに睨むなよ。」
「ぅあ・・・!」
氷室は小さい頭を鷲掴みにして自分から男を離した。
後輩は痛みを訴える声をあげて後ずさる。
氷室が顎で出ていくよう告げた。
可哀相な後輩は何か言いたげに氷室を見上げたが、冷たい視線に言葉が出ないようだった。
震えた子鹿のような細身の後輩は、俺の顔を見て小さく頭を下げるとバツが悪そうにすれ違っていった。
後輩が出ていくまでリビングの入り口に立つ俺もソファに座り煙草を吸う氷室も一言も声を出さなかった。
いや・・・俺は出さなかったのではなく言えなかっただけだが。
頭が煮えたぎってガンガンと痛んだ。
「俺もあんな姿であんたにご奉仕してると思うと頭が爆発しそうだ。」
「・・・・・・。」
呼び出しといてだんまりか。
何を考えているのか分からない。
「なぁ・・・。」
「頭・・・痛いのか?」
俺の顔も見ないでそう言った。
「頭は痛いよ。でもそんな事より・・・。」
もうこんな事終わりにしよう。
「俺はもうお前とは付き合わない。」
「・・・。」
今までもそう思った時があった。
あったけど、それは思っただけだった。
だけど・・・今がその終止符を打つ時だと思った。
悲しみが肌を冷やすからいつまでも暖まる時がないのだと思った。
俺はソファまで行き氷室の正面に立った。
その状態になってやっと氷室が視線をこちらに向けた。
煙草を離して机の上の灰皿に押しつける。
「今から一発殴る。」
俺はそう言って氷室の前だけはだけたシャツの襟を掴んだ。
片腕をあげて拳を固める。
こんな時でも無表情でいるのに無性に腹が立った。
この腕を振り下ろしたら全てが終わるのだと感じた。
「・・・止めないの?」
「・・・。」
「なぁ・・・。何か言えよ・・・。」
「・・・。」
「怒ってんのかよ?」
氷室は無表情で言った。
「怒ってるのか・・・?」
もう怒りはない。
先程よりずいぶんと落ち着いた気分になっていた。
だから襟を掴む手がいつものように震えているのだろうか・・・?
「怒ってんのって・・・俺が聞いてんだよ・・・!」
「俺が何を怒るっていうんだ?」
氷室の手が伸びてきて俺の拳を掴んだ。
何時でも氷室の力強さに憧れていた。
何があっても何事も無かったように振る舞うその姿に。
「一発殴るんじゃなかったのか?」
「お前なんか殴る価値ないよ。」
「・・・そうか。」
腰を引き寄せられて口づけられる。
心のどこかでまだ未練があった事には気付いていたが、抱き寄せられた体温に嬉しさを感じる自分が情けなく思った。
いつの間にかソファに押し倒され口づけは深い物になっていた。
先程まで振り上げられていた手は押さえつけられ抵抗も出来やしない。
「はぁ・・・はぁ・・・。氷室。」
「少し黙ってろ。」
「話を・・・聞いて欲しいんだ。」
「話なんて・・・ない。」
俺は無意識に氷室の捲り上げられたシャツから覗く赤い跡を見ていた。
何の跡だろうか?
首筋に跡を付けられながら赤い赤い火傷のような跡を見つめていた。
♦Fin♦